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2014年7月

2014年7月 8日 (火)

癒しのオルゴール

最近、具合が悪かったりケガをしたりで、病院・医院に行くことが多くなった。自己責任だから表面上は平静を装っているものの、いろいろと反省材料は多い。待合室でぼ~っとしている時間もたまにはいいものだ、と何も考えずに過ごしているが、なんとなく待合室には「ある傾向」があるような気がしてきた。何も考えずに、というのは結構むずかしい。

BGMがオルゴールのことが多いのだ。特に、人が多くて周囲の話し声が多い大きな病院よりも、中小病院、特に個人医院などではかなりの割合で、待合室のBGMにはオルゴールが流れている。

  • クラシックでも、ポップスでも、それなりに誰もが何となく聞いたことのある曲
  • ゆったりしたテンポで、安心して聞いていられる
  • 音量がほぼ一定で、劇的な起伏もないので展開に驚かない
  • 歌詞がないから左脳的な言語解釈の必要がない
  • きれいに澄んだ美しい音色
  • 一人の奏者が一つの楽器を弾いているだけという単純な想定

などなど、せっかくぼ~っとしていられる時間にあれこれとその理由を考えてしまった。たぶん、これはこれで、かなりその通りだろう。そもそも、まったくの無音というのはその場の見知らぬ人どうしの緊張感を高めてしまうに違いない。

そして、ここからが独自の仮説。初めは、本当に本物の各種オルゴールを収録したCDが流れているのだと思っていた。もちろん、そのとおりの場合もあるだろう。それがほとんどかもしれない。

しかし、本物のオルゴールは物理的には回転体だから、曲の長さにはある程度の限界がある。そんなに長くないうちに、ダ・カーポで最初に戻って繰り返しになる。なるハズである。ところが最近、そうではない曲を聴いた。聴いたから驚いてこれを書いている。

ゆったりしたテンポ、単一の音色、ほぼ一定の音量という「オルゴールらしさ」を保ちながら、主旋律や伴奏和音などが少しずつ変化していって、そのまま聴いていてもて違和感まったくないのに、いつまでたっても最初に戻らない。まるでクラシックのシンフォニーのオルゴール版のようなものだった。ドキドキしながら聴くオルゴールというのも珍しい。なんなのだ、これは。

つまりあれは、オルゴール音をデジタルデータで創り、もちろん人がシンセで弾くのではなく、打ち込みデータで再現したバーチャル音源のオルゴール曲だったのではないか。だとすれば、いかにもオルゴールらしい曲というのはいくらでも作れる。そうとしか思えない。受付のお姉さんに聞いてみる勇気はないけど。

澄んだオルゴールの音とその音楽に、人の心を和ませる、人を癒す働きがあるということが経験的に判って、それを新たな音楽領域の創造に積極的に活用した事例、ということになるんでしょうね。

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