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2015年3月22日 (日)

演奏中に弦が2本切れたら

自分では実際に経験が無いが、「ステージで弦が2本切れたら」どうするか、というアンケートがあった。ヤマハの「ライトミュージック」誌、1975年4月号増刊「ロック・ギター」。巻中に「第一線ロックギタリスト・ベーシスト、25人直撃アンケート」という企画があった。「弾き始めた年齢と動機」「好きなミュージシャン」等々の定番項目に加えて、「2本切れたらどうするか」という質問がある。

回答で驚いたのは、成毛滋。「そのままやる。演奏し始めて10分めで切れて、残り40分やったこともある」。しかし、いくら何でもこれは無茶だ。読んだ時にすぐそう思った。スペアなしの1本勝負でやっていた、ということか。これだと、成毛滋の華麗なギターソロを期待していたお客さんは不満だろう。

高中正義は現実的だ。「スペアを用意してある。曲の途中だったら困るけど、やめるわけにはいかない」。たぶんこれが多数決回答ではないか。ただ、その「曲の途中」をどうするか、が問題だ。

洪栄龍は、「切れた弦にもよるが、最低、コードの作れる範囲ならその曲は弾いてしまう」。井上堯之は、「まず弾き続けられるかどうかを考えて、ダメなら弾かずに弾いているふりをする。止まらないことが必要」。水谷久は、「曲の途中はそのままで持ち応えられると思う。曲が終わったらスペアと代える」。竹田和夫は、「ギターをとりかえる」。安倍俊幸は、「1本めが切れた時にすぐ取り替える」。つまり、その曲はなんとか終わらせ、次の曲の前でスペアに替える、ということだろう。「曲を中断して弦を張り替えたり、スペアにかえる」という回答は大村憲司だけだった。

石間秀機の回答はもっと具体的だ。「チューニングの変わってしまうギターだったら弾き続けるのは不可能。曲にもよるがスペアを使う」。つまり、ストラトキャスターは1本でも切れた時点でブリッジ裏のコイルスプリングとバランスが変わってしまうので、残りの弦の音程が上がってしまう。それも均一にということはまずないから、「ストラトだと無理だろう」になるのだ。逆に、最初の成毛滋の回答は彼のトレードマークでもあるレスポールが前提だということが読み取れる。(ちなみに、石間秀機の「フラワー・トラベリン・バンド」はこのページだけで2か所も「STB」と誤植があるが、既に時効)

最後に、この世界で「哲学」に初めて出会った回答がこれ。細野晴臣、「めったにないけど、まず2本もあれば十分に演奏を続行できる。次の曲の前で何らかの処置をするが、3本切れなかったことを感謝するだろう」。彼はベーシストとして、つまり4本中の2本という事態を想定して答えている。世の中にはこういう方向で考える人がいるんだ、というのは当時の高校生には強烈に衝撃的だった。

自分でも経験的には、2時間イベントの軽いBGMを担当した際に最初の10分でレスポールの1弦が切れ、その曲をなんとか乗り切って、残りをスペアのストラトで無事に収めたことがある。ホソノ哲学的には、「ストラトまで切れなかったことに感謝」しているのだ。感謝の心は大切だ。

 

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